西の都 装飾
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こくぶかわらがまあと

所在地 太宰府市
指定等の状況 国史跡
エンブレム

筑前国分寺跡の北東にある瓦窯跡です。側壁・天井部に日干し煉瓦を用いた登り窯です。8世紀中葉ころの窯とみられ、筑前国分寺の創建瓦を焼いたと考えられています。

窯跡は、筑前国分寺跡から北東に200mほどの場所にあり、四王寺山からのびる丘陵の斜面を利用した9基の窯がありましたが、現在はこのうち2基だけが保存されています。窯跡で採集された瓦と同じ文様の瓦は、筑前国分寺跡はもちろん、観世音寺や大宰府政庁跡などでも出土しており、この窯で焼かれた瓦は「西の都」の様々な屋根を彩りました。

太宰府市キャラクター/
旅人のたびと・おとものタビット・
れいわ姫

まず、文化ふれあい館を目指しましょう。
この玄関前から北へ向かって坂を上ると、徒歩2分で池のほとりに着きますが、その脇に「史跡国分瓦窯址」と刻まれた石碑や解説板があります。
残念ながら、窯址は池や土の中にあって保存されているため、ご覧いただくことができませんが、以前は少なくとも、9基が確認されています。

〒818-0132 福岡県太宰府市国分4丁目17-21

西鉄都府楼前駅から徒歩約25分

古代日本の「西の都」 イメージ画像

1300年前、筑紫の地に誕生した「西の都」。東アジアに華開いた壮大な国際交流都市のストーリーは、福岡県筑紫野市・春日市・大野城市・太宰府市・那珂川市・宇美町、佐賀県基山町に広がっています。